2014年02月03日

映画づくりは省略の手法で

映画はいかに省略するかで作品がおもしろいものになる。あとは見る側の想像、そしてレンズが見る視点つまり
カメラアングルと、どのようなカットをそこに挿入するかなど必要にして最小限にしなければならない。
撮影したものが全部つかえるどころかほとんどゴミになる場合だってある。しかし、撮影してなければあとで撮影
しようとしても遅い。だから撮っておくが無駄が多い。捨てて、捨てて、残ったものが芸術となる。

しかし、できれば省略の手法はとったフイルムを捨てるのではなく、最初から計算されたカットのみを撮ることをすれば無駄は防げる。
そこで、絵コンテなど綿密な計算が必要となるわけだ。
VTRはすぐ消して取り直せる、フイルムのような無駄がないということでだらだらと
撮影してしまい、編集のときにどこをとればいいのかがわからなくなってしまうことはないだろうか。
これはデジカメにもいえる。やたら撮ってもいいものはとれない。ゴミをふやすだけである。
一応もう一枚などと、同じ条件のコマをいくつとっても意味がない。撮る労力より、消去する労力が大変・・・。
中学校のとき、カメラ好きの社会の先生がいた。遠足のときなどに限らず、人間ばかりを撮るのでなく、
その辺に目に付く植物、何気なく目をやる置物、花壇、屋根など、あらゆるものを撮っていた。
もしかしたらムービーもやっていたのかもしれない。いろいろなものを撮っておいて、間にいれるカットとして、
いつか使うなど考えている人は当時多かったのではないだろうか。
posted by へいへいぽーら at 21:30| Comment(0) | 8ミリ映画起承転結 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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